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2017年04月27日

東本願寺、僧侶に時間外賃金未払い

東本願寺で門徒世話の2僧侶に時間外賃金の未払い問題があったようです。


真宗大谷派の本山・東本願寺が、研修施設で門徒の世話をしていた男性僧侶2人に、時間外労働の割増賃金の一部を支払っていなかったことが分かりました。


2人は労働組合を通じて請求し、同派は25日までに、2013年11月〜今年3月の不払い分と延滞金計約660万円を支払いました。
同派は、過去2年間に同じ仕事をしていた僧侶についても不払い額を調査する予定です。


男性僧侶は「補導は学べることも多かったが、仕事であることには違いなく、法律を守らないのはおかしい」と話しました。


真宗大谷派総務部は「僧侶の勤めに関して『奉仕』『労働』の線引きが曖昧で、法令順守への認識が不十分だった。早急に補導の働き方や割増賃金の支給方法を見直したい」としています。


ただし僧侶の仕事が労働にあたるかどうかについて、微妙な位置づけのようです。


補導する僧侶に限らず、お寺を管理する住職さんについても人口減や仏教への関心が薄れていることなどから収入を確保する道は厳しいようです。


勿論厳しいのはお寺さんだけではありませんが・・?
ラベル:東本願寺
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2015年08月16日

中陰

中陰とは、人の死後七七、四十九日の期間を現す仏教行事です。


死後七日ごとに経を読んで、七回目を満中陰として追善法要を営むのが習慣ですね。
これは、死者の魂がその期間、家の軒を離れない、亡霊が迷っている期間であると言われるからです。


それを信じるかどうかは別にして、中陰の仏事はある程度浸透しています。


但し、仏教界の高僧は中陰を否定します。つまり、仏陀の教えには中陰などないのです。
ここが仏教のややこしいところかもしれませんが、私たちには近親縁者の死を納得するために中陰という観念が必要なのかもしれません。
それはこの世とあの世との境でもあり、気持ちの区切りでもあるのです。


但し、人の死を受け入れるというのは突然のことで有ればある程難しく、若くしてこの世を去られた場合なども尚更のことです。


だから、四国八十八か所の巡礼などが気持ちを落ち着け安らぎを与えてくれるとともに、人の死についてもじっくりと考える時間を与えてくれるのです。
それは、この世を生きていくためのルートの一つなのかもしれません・・。


nininn2.jpg
ラベル:中陰
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2014年07月03日

空海の三教指帰(さんごうしいき)

空海の三教指帰(さんごうしいき)は、弘法大師空海の戯曲仕立てのお経処女作として知られています。


空海は仏教、儒教、道教を比較し仏教が最も優れた教えであると説いたのです。
まず、儒教は仁・義・礼・智・信という五常に基づき、人として生まれ立身出世するのが生きがいであるとします。
今の時代を見る思いです・・。


次に道教は、出世栄達などという世俗の処世術は低俗である。
そんなことよりも自由無為に生きる老荘の教えや、不老長寿や雲に乗って自由に空中を飛びまわる神仙術をやる方が生きがいになるといいます。
はぐれ雲的でしょうか・・。


それに対して仏教は、一切衆生が救われる道を説き、諸行無常と悟りの境地に至ることが最高の幸せであると説きます。
仏教が儒教や道教の上に立つと強調したのです。


四国八十八カ所の第二十四番霊場、室戸岬にある最御崎寺(ほつみさきじ)の近くに空海が修行したという岩窟があります。
その岩窟の奥は、海に向かって貫通しており、そこからは海と空だけが見えるのです
空海の名前は、その空と海にちなむといいますが、一度そこへ行ってみたいものです。


果たして、私達は空海と同じ様に悟れるものでしょうか・・?
ラベル:三教指帰 空海
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2014年06月21日

お釈迦様の姿

お釈迦様の姿と言えば、どんな格好を思い浮かべられるでしょうか?


お太子さんなどに行きますと入滅時の横たわった涅槃像が目につきます。
見たことはないのですが、お生まれになった時の天上天下唯我独尊を唱えられた時は、上半身裸で天と地を指すポーズの様です。


また、釈迦如来像は法隆寺が有名ですが、鎌倉の大仏さんを引き合いに出すまでもなく阿弥陀如来のイメージです。
尤も阿弥陀様は現実の仏様ではなかったので、あくまでイメージの姿ではありますが・・。

syaka.jpg

そんな中、奈良の国立博物館には出山釈迦如来立像があります。
14世紀の南朝時代のものだと言われます。


この立像は山を下りるときの人間ブッダの姿であり、修行者として苦行の生活を送られたのですが、単に苦行だけでは悟りが得られないとして山林を出るときのものです。
ですから、あばら骨が出て弱弱しそうな格好です。

syakaritu.jpg

しかし、逆にお釈迦さまも挫折や変転があったという人間としての弱さを持っておられたところに親近感を持つものです。


余り立派な姿ばかりでは、とても近寄りにくいものですが、ボロボロになって苦労し、そこから這い上がって悟りを開いた、或いは悟りを開くための過程が苦行という試行錯誤であったというところに人としての現実味を覚えるところです。


色々なことを経験してみるのは、決して悪いことではないし無駄にもならない、いや無駄にしないことが大事だと感じるのです。

ラベル:お釈迦様
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2014年05月04日

赤坂浄苑 納骨堂

赤坂浄苑は東京メトロ赤坂見附駅より徒歩2分の便利な所に位置する納骨堂です。
曹洞宗の伝燈院のお寺ですが、納骨堂は宗教や宗派を問わず誰でも申し込み可能です。


納骨堂は、大都会の東京にいてもご先祖様を身近に感じる大切な場所として、いつでもお参りの出来るところが何より優先して求められると思います。


納骨堂とは、いわばお墓と同じことです。
だから、納骨堂の料金には永代使用料、銘板・彫刻、永代供養料、戒名授与などが含まれて150万円となっています。


赤坂浄苑には本堂も参拝室やラウンジも備わっており、とても環境の良い整った施設となっているのです。


ところで、納骨堂やお墓は別にしてお仏壇のことについて、誤解を解いておきたいと思います。
実は、私もそう思っていたのですが、仏壇は一人暮らしだから必要ないとか、その家で誰かが亡くなりお葬式が取れた後で作るものだと・・。


しかし、仏壇とは亡き人を偲び祀るものでもありますが、私たちの心のよりどころとなる大切なものでもあるのです。
田舎の本家にあるからいいとか、新居では必要ないというものではありません。


仏教や仏壇が心のよりどころになるのは間違いないと思います。
ただ、南無阿弥陀仏を唱えれば阿弥陀様がやってきて私たちを救ってくださるというのは、理解し易く有難い教えだと思います。


そんなふうに感じた時にお仏壇やお墓や納骨堂を考えて見られては如何でしょうか・・?


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   「お仏壇のはせがわ」が新しいお墓のカタチをご提案
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・赤坂見附駅徒歩2分
・夜9時まで参拝可能
・承継者がいなくても永代供養して頂けます。
・宗教・宗派を問いません。
お墓の全てがそろって一基150万円
http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=2BJS4T+CR610Y+2W9W+601S3



「お墓を継いでくれる身内がいない。」その不安に「はせがわ」がお応えします。
posted by yasuucare at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 信心の心とは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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